海老名駅周辺 ー水田の大都市と、夢を叶えたミュージアムー

海老名駅周辺 ー水田の大都市と、夢を叶えたミュージアムー

神奈川県
KEN
2021.08.06 2021.08.06
EBINA

神奈川県中央の相模川の東側に位置する海老名市。人口およそ14万人の中規模な地方都市で、その玄関口の役割を果たしているのが海老名駅です。

長らくは2駅隣のライバル・本厚木駅の勢いに押されていましたが、どうやら近年は人気が逆転しつつある状況とのこと。

長年の不景気にもかかわらず急成長を続けるその勢いとは?再開発ラッシュで沢山の大型クレーンが動き続ける、県央地区で今一番アツい海老名駅の秘密に迫ります。

県央エリア最大級のターミナル・海老名駅周辺の様子

海老名駅前の様子

海老名市内には小田急電鉄相模鉄道、そしてJR相模線の鉄道3路線の合計9つもの駅があり、これらの線路が一堂に集まる海老名駅。今回はこの同市最大のターミナル駅をご紹介していきます。

海老名駅東口

こちらは小田急電鉄(以下小田急)の海老名駅。同路線の優等列車・快速急行の停車駅となっていて、新宿や小田原へ迅速に行けることはもちろん、乗り入れている東京メトロ千代田線で霞ヶ関などの都心部、またJR常磐線でその先の取手(茨城県)まで乗り換えなしで行くこともできます。なお、駅の発車メロディは地元出身の音楽ユニット・いきものがかりさくらが採用されています。

また、海老名市民の長年にわたる誘致活動が実を結び、2016年には悲願の特急ロマンスカー停車駅となりました。快適な指定席で都心や箱根方面へ迅速に移動できるようになりましたが、どうやら近年の海老名の人気急上昇のヒミツはこれだけではないようです。

相鉄線海老名駅入口

南側に隣接している相模鉄道(以下相鉄)の海老名駅は同線の始発駅となっており、うまく乗車タイミングが合えば終点の横浜まで座って行くこともできます。神奈川県最大の都市である横浜には、海老名だけでなく厚木、伊勢原、秦野などの神奈川県西部から訪れる人も多く、彼らの相鉄線への乗り換え駅である海老名駅の連絡通路はいつも賑わいが絶えません。

相鉄線海老名駅舎リニューアルイメージ
相鉄線の駅舎は2022年度完成を目指してリニューアル工事中

現在はこのようにリニューアル工事中ですが、2022年には福祉施設が同居する新時代の橋上駅舎に生まれ変わる予定です。

そして海老名にとっての最大のトピックが、相鉄線のJR線直通運転開始(2019)です。創立以来、100年以上にわたり神奈川県東部から出ることのなかった相模鉄道が、JRへの乗り入れによって新宿や池袋などの東京都心部へ進出したことは、同時に海老名のベッドタウンとしての価値を大きく上げるものでした。

更に現在は相鉄・東急直通線の工事も進んでおり、これにより新横浜渋谷目黒への乗り入れができるようになります。またその先の東京メトロ副都心線や同南北線、都営三田線への乗り入れの可能性も噂されており、その始発駅となる海老名の高いポテンシャルに注目が集まっているようです。

JR相模線 海老名駅改札

また、こちらのJR相模線の海老名駅も負けてはいません。単線、4両編成というローカルな雰囲気の同線にも実に30年ぶりとなる新型車両が導入されてますます快適になり、また上り方面の終点・橋本駅には今後リニア中央新幹線が乗り入れる予定です。つまり、将来的には都心部や箱根だけでなく、西日本への迅速なアクセス性も期待できるということです。

海老名駅東口ロータリー

駅前のロータリーからは市内全域への路線バス網が張り巡らされ、海老名市民の重要な足となっています。また南側700mにある高速バスターミナル・BUSTLE海老名からは東京駅や銀座・霞ヶ関といった近距離路線はもちろん、全国の20以上の都市へも行くことができ、鉄道に負けず劣らずの充実したネットワークを誇ります。

かつての水田は大都市へ!今なお続く駅前の再開発事業

水田から海老名の市街地を見る

西側には相模川、そして東側には相模原台地があり、その間に位置する海老名市。その名前は平安時代にこの地域を所領していた海老名氏が由来で、元々肥沃な土地に恵まれていたことから稲作が盛んに行われていました。

江戸時代に入ると、江戸から大山阿夫利神社への参拝道である大山街道(現在の旧国道246号線)が整備されました。この大山街道は現在の海老名駅のすぐ南側を通っていて、特に春や夏には五穀豊穣や雨乞いの神を参拝しに多くの農民たちが行き交ったそうです。

やがて昭和に入り、1941年に相模鉄道の前身である神中鉄道が、そして1943年に小田急の海老名駅が開業。その後も利用者拡大による1973年の駅舎建て替えや1987年のJR相模線(旧国鉄)の駅が開業するにつれ、駅前に広がっていた田畑が市街地に姿を変えていきます。先述の大山街道も自動車時代に対応して拡幅され、現在も幹線道路として現国道246号線や東名高速道路とともに重要な役割を担い続けています。

そんな海老名駅周辺ですが、2000年頃までは低層の商業地と田畑が入り混じる郊外都市としての風景が広がっていました。しかし、その水面下では現在の姿へと変貌を遂げるべく巨大な再開発プロジェクトが密かに進行していたのです。

住みたい街ランキング上位へとのしあげた、駅周辺の魅力スポット

かつてバブル絶頂期に2駅隣のライバル・本厚木が隆盛を極めた時も静観を決め込んでいたように見えた海老名。その後のバブル崩壊で21世紀に入っても多くの駅前経済が停滞していた最中、海老名は満を持して動き出します。

海老名のイメージをガラリと変えた、ビナウォーク

ビナウォーク
都市公園とショッピングエリアが共存するビナウォーク

まず、2002年に東口にショッピングモール・ビナウォークが開業。以前は七重の塔(奈良時代の相模国分寺の復元版)をシンボルとする海老名中央公園があるだけでしたが、突如それを取り囲むように大小6棟の大型商業施設が出現し、ペデストリアンデッキで海老名駅東口からダイレクトに結ばれたのです。

公共の公園をぐるりと取り囲んだショッピングモールは良い意味で商業施設らしくなく、海老名のイメージが「横浜への乗り換え駅」から「遊びに行く街」へと変わり始めるきっかけとなりました。

ビナウォーク内にある七重の塔モニュメント
ビナウォーク内にある七重の塔モニュメント

まるでちょっとしたテーマパークみたいに、訪れた人たちをわくわくさせるビナウォーク。6棟それぞれの外観はもちろん、フロアごとの構造がまったく異なるエリアも多く、思わず全てのゾーンをコンプリートしたくなってしまいます。

ビナウォークはマルイTOHOシネマズを核に、アパレルやグルメ、雑貨からシネマ、メディカルまで多岐に渡り130店を超える専門店街から成っています。また、ほぼ全ての棟が中央公園に向けて壁を設けないオープンな造りをしていますが、その中央公園ではコンサートやフリマ等のイベントがよく行われています。

街を支えてきた先駆者も、今なお営業中

イオン(旧ニチイ)
左上に見えているのがイオン海老名店(旧ニチイ)

海老名駅東口とビナウォークを結ぶペデストリアンデッキから南側を見ると、すぐ旧大山街道との交差点が視界に飛び込んできます。その先に見えるイオン海老名店(旧ニチイ)は最古参級のスーパーで、70年代から地元の人たちに愛されており、1993年にワーナーマイカルシネマズが入居した際は話題にもなったそうです。

このような2000年以前から営業している中低層の商業施設と、近年急速に増えつつある高層マンションが入り混じり、東口側の街並みは独特な風景となっています。

かつては水田だった西口周辺

海老名駅西口のペデストリアンデッキ

続いて、反対の西口側を見てみましょう。

こちらはJR相模線の海老名駅と300mほどの歩道橋で結ばれていましたが、その他は長年にわたって水田が広がるのどかなエリアでした。しかし2015年に動く歩道が設けられて大幅に拡幅された自由通路に生まれ変わり、その両側には低層商業施設のビナガーデンズやタワーマンションが立ち並び、新しい街としての地位を確立しつつあります。

ららぽーと海老名

そして西口を語る上で欠かせないのが、こちらの三井系ショッピングモール・ららぽーと海老名

駅を挟んで東西の大型ショッピングモールが火花を散らすという異例の光景になっていますが、ららぽーと海老名は巨大な建屋内の回廊沿いに専門店街をレイアウトしたクローズドな構造となっていて、開放構造のビナウォークとは対極の造りと言えます。個人的には穏やかな季節の春と秋は開放構造のビナウォーク、厳しい気候の夏と冬はららぽーとが快適に過ごせると思いました。

ちなみに双方同時に入居しているお店はほぼ無いため、ショッピング好きなら1日掛けて双方をはしごしても良いかもしれませんね。

エビーロード

ららぽーとの西側に整備された中央通り・エビーロード。かつてここはガマガエルの鳴き声が響く水田地帯でしたが、今ではまったく違う風景が広がっています。街路樹が植えられた広大な歩道沿いには低層の商業施設が増えつつあり、奥に残る水田もその姿を新しい街に変えていくことでしょう。

相模川のほとりにある、お勧めの憩いスポット

県立相模三川公園

駅から西へ行くと、やがて相模川のほとりの県立相模三川公園に行き着きます。大型遊具や水場、スポーツ施設が充実しているこの公園は普段から子どもに大人気ですが、実は毎年8月上旬に開かれる厚木鮎まつり花火大会の超穴場スポットでもあるのです。特に、視界を遮るものがない河川敷側はレジャーシートを広げてビールを片手に打ち上げ花火を観ることができ、大混雑の厚木側とはひと味違った楽しみ方ができます。

夢を叶えるために!悲願のロマンスカーミュージアム

ロマンスカーミュージアム エントランス

2021年に西口に誕生した新たな目玉施設が、こちらの小田急電鉄のロマンスカーミュージアム。同社は1927年の開業以来、東京・新宿を起点に箱根、江ノ島、多摩ニュータウンへ路線を伸ばしてきた全国有数の大手私鉄でしたが、地域とともに発展してきたその歴史に触れられる私設ミュージアムがありませんでした。

JR東日本や関東の大手私鉄各社は私設ミュージアムを持っています。小田急にもそのような施設を作ってみてはどうかという声が次第に集まるようになり、また実際に小田急自身もそれを望んでいたようですが、当時は輸送量増強のための複々線プロジェクトの真っ只中。地獄の通勤ラッシュを緩和させるべく、まずは複々線工事に全戦力を投入するべきとの判断となり、ミュージアムについては長らくノーコメントとされていました。

しかし、その傍らで引退車両を保存し続けてきた同社の姿勢からは、それらを単なるスクラップではなく沿線地域とともに歩んだ生き証人として大切にしたいという本音が垣間見え、決して私設ミュージアムの開設を諦めないという強い意志を感じるものでした。

ロマンスカーミュージアム 館内の様子

そして複々線プロジェクトが完遂し、小田急電鉄開業100周年を目前にした2021年に悲願のロマンスカーミュージアムが遂にオープンしました。今まで同社の車庫で大切に保存されていたすべての歴代特急ロマンスカーが集結した、堂々たるミュージアムです。

モハ1形
モハ1形

1階では初代通勤車両であるレトロなモハ1形がお出迎え。1927年に開業した小田急(旧小田原急行電鉄)のルーツともいえる存在で、まさに時空を超えて現代に舞い降りた同社の生き証人です。

モハ1形横のヒストリーシアター

その傍らでは、同社のあゆみをユニークな演出で紹介するヒストリーシアターが上映されています。普段から当たり前に利用している通勤の足も、その”当たり前”をかなえるまで様々な困難を乗り越えてきた先人たちの情熱がスクリーンを通して伝わってきます。

さらに進むと、いよいよ歴代ロマンスカーが集うギャラリーへ。

往年のロマンスカー

スポットライトを浴びて余生を過ごす、小田急と沿線地域の発展を支えてきた特急ロマンスカーの歴代モデルたち。本ミュージアムで展示されるまでの保存、修復、そして搬入といった過程も話題になりましたが、まるでデビュー当時にタイムスリップしたかのようなピカピカの姿はまさに圧巻です。今となっては間近で好きなだけ触れられるだけでなく、車内にも自由に入れるため、ロマンスカーを味わい尽くしたい人は天国と呼んで良いエリアでしょう。

そんな歴代ロマンスカーたちを、簡単ではありますがここで1つづつ紹介させて頂きます。

3000形ロマンスカー・SE(Super Express/1957年~1968年)。新幹線にも影響を与えた超高速鉄道のパイオニア。
3000形ロマンスカー・SSE(Short Super Express/1968年~1992年)。運用エリア拡大のためにSEを大幅にアップデート。
3100形ロマンスカー・NSE(New Super Express/1963年~1999年)。2階運転台+前面展望席という伝統スタイルの源流。
7000形ロマンスカー・LSE(Luxury Super Express/1980年~2018年)。展望エリア拡大、リクライニングシート採用の進化版。
10000形ロマンスカー・HiSE(Hi-Deck Super Express/1987年~2012年)。卓越した眺望のハイデッカー(高床)構造を採用。
20000形ロマンスカーRSE(Resort Super Express/1991年~2012年)。ダブルデッカー(2階)構造 × 特別席の誇り。

HiSE(10000形)の展望席

たとえ鉄道に興味がなくとも、いつか遠い昔に乗ったロマンスカーのシートに身を預けて目を閉じれば、懐かしいあの頃の自分に会いに行けるかも?

ロマンスカーにまつわる書籍

また展示車両の近くには図書コーナーがあり、小田急の歴代車両や当時の貴重な駅の写真集を手にとることができます。今まで何となく利用していた駅の知られざる過去の姿には、落ち着いた大人でさえ衝撃を受けること間違いなし!

ロマンスカーミュージアムのジオラマ 片瀬江ノ島駅

そして、展示車両と共におすすめしたいのが2Fのこのジオラマパーク。新宿から箱根、江ノ島に及ぶ巨大ジオラマの街を小田急のNゲージ車両(小型鉄道模型)が駆け巡るのですが、とにかくこのジオラマが驚くほど精巧なのです。

ロマンスカーミュージアムのジオラマ 新宿駅

こちらは新宿駅(南口)。ミロードやサザンテラスへの歩道橋が見事に再現されています。空が朝から昼、そして夕刻から夜へと移り変わると、電飾がフルに施された無数の建物が輝き始め、やがて目前に広がる煌びやかな夜景に息を飲んでいる自分に気づくはずです。

ロマンスカーミュージアムのジオラマ 箱根湯本駅

蒼い夕闇に浮かび上がる箱根湯本駅も…

休日の賑やかなビナウォークもこの通り完全再現!

たとえ鉄道に興味が無くとも、好きな街や自分のホームタウンの精巧なジオラマを見れるというだけでも、このロマンスカーミュージアムは充分に楽しめる空間となっています。

他にも小田急グッズショップ・TRAINSやキッズロマンスカーコーナー、カフェ、展望デッキなどがあり、1人でも複数人でも充実したひとときを過ごせることでしょう。

まとめ

かつての田畑に囲まれた相模鉄道の終着地から、充実したショッピングエリアと都心部への複数の直通手段を誇る街に変わりつつある海老名駅。

それまでは海老名市民が本厚木や町田へ遊びに行くことも珍しくありませんでしたが、今では逆に周囲の街から遊びに訪れる人も増えるほど街の雰囲気は一変しました。街の発展とともに増え続ける交通量に対応して新しい道路も次々に整備されつつありますが、特に西口側はまだまだ発展の余地があり、今後の伸びしろにも期待できます。実は筆者は本厚木で育ったのですが、小学生の頃からの海老名の変貌ぶりは凄まじいものがあり、特に近年ではすっかり追い越された感すらあります。もし学生の頃に海老名の駅前がこれほど栄えていたのなら、きっと本厚木のマクドナルドではなくららぽーと海老名のフードコートに仲間と入り浸っていたであろう事は間違いないでしょう。

また、テレワークが本格的に普及しつつある昨今は郊外のベッドタウンが再び注目されつつありますが、その中でもいざ出社となったら都心の複数のターミナル駅へ座って行ける海老名はとても魅力的。ビナウォークやららぽーとの広大な駐車場や東名高速道路の海老名インターチェンジも充実しているため、たとえ郊外に住んでも快適なカーライフが期待でき、新東名高速道路の海老名以東の延伸ルート計画によっては今後は更に化けるかもしれません。

2000年代を境に大きく飛躍しつつある海老名駅。
大いなるポテンシャルを秘めた要注目な街です。

KEN

1983年生まれ、東京都町田市出身。現在は妻・息子と3人で東京都で何事もなく平和に暮らしている。
子どもの頃からの乗り物好きが高じて機械工学を学び、某エレクトロニクス企業のエンジニアとして品質保証に携わる。
趣味はクルマ、オートバイ、音楽作成、鍵盤楽器、機械いじりのほか、乗り物全般を見たり乗ったりすることが好き。
元々は飛行機とクルマが大好きだったが、最近は息子の影響で興味のターゲットが鉄道にロックオンされつつある。推し鉄は小田急。
音楽はB'z、Do As Infinityの他、ハウスやヒップホップ、ユーロビート等も好む。映画はアクションの他アニメーションも好きで、特に新開誠監督の作品には目がない。

神奈川県のえきレポ

Prefecture Posts