松戸駅周辺に残る、水戸道中の要所・松戸宿の遺跡をたどってみた

松戸駅周辺に残る、水戸道中の要所・松戸宿の遺跡をたどってみた

駅のみどころ
えきまえふぁん編集部
2022.02.05 2022.04.15
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千葉県北西部を代表する都市でもある松戸旧水戸街道宿場町として栄えたのはえきレポでもご紹介したとおりですが、周辺を歩いてみるとその跡地としての形跡をちらほらと発見しました。そこにはしっかりと宿場町であった事実が残されていて、江戸から令和へと確かに受け継がれています。ここではそんな松戸宿の歩んだ歴史をたどってみたいと思います。

水戸街道から常磐線へ。世代を超えても水戸へ通ずる要所

松戸宿は水戸街道の起点となる千住宿から数えて2つめの宿場町。新宿との間には江戸川が流れますが、渡し船で結ばれ着いた先にあるのが松戸宿となります。現在の水戸街道(国道6号線)はここよりさらに西側へと移りましたが、JR常磐線・松戸駅が旧水戸街道のすぐ東側に設置されたことで、時代を超えても街の中心として機能しています。ちなみに江戸川の渡し船としては矢切の渡しが有名ですが、そちらは地域民専用に耕作や対岸の農地への移動手段として使われていたそうで、水戸街道の渡し船はこの近辺で運行されていたようです。

是より御料松戸宿の碑

江戸川の土手下には「是より御料松戸宿の碑」が建てられ、この地に松戸宿があった事実を伝えています。

旧水戸街道

旧水戸街道沿いは今でこそマンションや現代風の住宅が並びますが、当時の宿場町を思わせる古い建物も現存しています。

松戸探検隊ひみつ堂

えきレポやみどころの記事でもご紹介した松戸探検隊ひみつ堂は、元々原田米店という創業280年にもなる老舗のお米屋さん。この建物自体は明治時代のものですが、現在はこの通り観光案内所兼カフェとして営業。2階部分はカフェのイートインスペースとなっていますので、古民家カフェとして趣を堪能できるおすすめスポットです。またハラダ米店は道路の向かい側のマンション1階部分で現在も営業中。松戸宿があった時代からこの地の商業を絶やすことなく担っています。

形を変えても確かにそこにあった!旧松戸宿の跡

旧松戸宿本陣跡地

松戸宿の跡地は江戸川の河川敷を中心に点在しており、こちらの本陣(※1)跡地は現在賃貸マンションとなっていますが、地元の有志によって本陣があったことを証明してくれています。旧本陣の建物自体は平成16年(2004年)に解体と、近年まではあったそう。こうした旧跡もすべてが保存されるわけではなく、活用が難しい場合はこうして解体されると思うと少し寂しいですね。

(※1)=本陣とは、宿場町にあった休憩・宿泊施設のこと。街道を通行する役人や大名などが使用していたそうです。

納屋川岸跡

本陣跡から土手沿いを北に進んだ場所にあるのが納屋川岸。銚子で獲れた魚を江戸へ運ぶための中継地点で、この川岸から船で魚を江戸まで運んでいました。この塀は船問屋・青木源内家を復元したもので、写真右手にはその跡地も残されています。

江戸川の常夜燈

納屋川岸から土手へ登り、さらに北上したところにあるのが江戸川の常夜燈。江戸時代から大正時代にかけて江戸川は船運が栄え、この常夜燈は夜間運航の際に河岸(船着場)の位置を知らせていたそうです。この常夜燈は史跡として建ってはいるものの、石碑を見る限りは有志が江戸川の船運の復活を願って建てたもののようです。

まとめ

宿場町として栄え、鉄道が敷設されたことで200年以上街の中心となった松戸駅周辺。今回は松戸宿に焦点を当ててご紹介させていただきましたが、面影を残すものもあれば、史実を記したもの、はたまた蘇らせたものなど、形はそれぞれあれどそこには江戸時代の宿場町があったという真実があるのだと思います。そこに人が生きたという証は消えることはありません。この先の未来へも、人々が紡いできた歴史の糸を、どうか切れることなく続いていくことを切に願っています。

えきまえふぁん編集部

えきまえふぁんの中の人です。
阪急・新京成・近鉄推しの、生まれながらの鉄ヲタ。

「何気ない日常の中にある魅力を伝える」ことを信条に、えきまえふぁんの運営に日々取り組んでおります。

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